こちらはてけ緒の虫垂炎体験日記です。
「虫垂炎Q&A」の記事

の下に書いていましたが、長いので分けて別記事にしました。
てけ緒の急性虫垂炎体験記2018
思い出したままにまったりと更新。完結しました! 長いです。
前日譚 左側の腰と背中の筋が強張る
思いきり後出しです。
そう、今だからそうだったって思い起こされるのであって、その時は病気だとか前触れだとか何も思うわけもなく過ごしています。
5月10日木曜日
昨晩もそうだったんだけど、左腰が怠くて寝付けない。左の肩甲骨と背骨との間が張るというのか凝るというのか、怠いのはよくあることなんだけど、その範囲が腰にまで広がっている。左の親指を左腰に当てて指圧する。
凝っている。
コリってする、めちゃ効くブツがおる。姿勢が悪かったのかなあ。
なんかこのごろ凝るよな〜。最近ひっさびさにサロンパスを買ったんよね。
サロンパスはろ。
発症当日朝 歯が抜ける夢をひっさびさに見た
そんな感じでひどい凝りを抱えながら眠ったせいか、生々しい感触の夢を見て目が覚めた。
5月11日金曜日
左下の奥歯が気持ち悪い。歯が浮くというのはこういうことかもしれない。歯茎が膨張している感じだ。歯を舌で内から外に押すと揺れる。ぐらぐらだ。気持ち悪い。
口の中に手を入れて、左下の小臼歯を一つ摘んだ。
横に揺らすと根元からすっぽりと抜けた。ショックだがスッキリもした。
奥の臼歯も手で摘んで抜いた。左右に大きく揺らすと簡単に抜ける。痛くもないし血も出ない。左下四番から八番まで臼歯を全部引っこ抜いた。
そこで目が覚めた。
左下臼歯は揃っていた。
歯が抜ける夢を見たのは何年振りだろう。歯が抜ける夢ほどまざまざと感覚を伴う夢は他にない。
しかし起きてしまえば確かにあれは夢だ。私は現実では下の親知らずは生えていない。水平埋伏だ。夢では立派に生えていた。立派でも簡単に抜けた。
夢占いのサイトを見よう。
何回も見たことある夢だから知っている。決まって性的に欲求不満とか言われる。大抵の夢診断にそういうことを書いてある。
夢占いって、フロイトの分析が主だっているのかな。もっと研究を進めてほしい。フロイト、あんまり知りもしないけど、あんまり好きじゃない。性、性いいすぎなんよ。
今日は派遣の顔合わせだ。
変な夢のせいで1日の始まりから気分が重い。
発症当日夜 お腹が痛い!ひっさびさ生理のゲキレツ痛いヤツ来たー!
「チコちゃんに叱られる!」をへえー!と言いながら見終わったあと、感想を言いたくて母に電話した。
母は生きてた。
今朝から夢占いのサイトを覗いて回ったんだ。体の不調の暗示という他に、親族が死ぬ知らせっていうのがあって、気になってしまったのだ。
今まで見てきた歯が抜ける夢は上の歯ばかりだった。今回初めて下の歯が抜ける夢だった。
私は虫歯はないが、虫歯治療をしたことのある歯は上の歯数本、食べ物が引っかかって気になるところは右上4番と5番の間。
つまり実際問題があるのは上の歯で、下の歯は一本も虫歯になったことがない。下の歯はすこぶる良好なのだ。
だからなんで夢は下の歯なのか妙に気になった。
そしたら下の歯が抜ける夢は母親の死の暗示なんだそう。マジか。まあ、ただの夢だけどな。
というわけで念のために電話したら、いつも通り元気でよかった!
と、この後ですよ。
電話を終えた後、仰向けでごろごろしながらスマホをいじっていた。何を検索していたかは今となっては覚えていない。そこへ突然やって来た。
うぐぐ……
手が止まる。
おへそだろうか?
何が起きているのかわからない。息を潜めて波が過ぎるのを待つ。去らないどころか腹全体に広がっていく。
うぐぐぐ……
仰向けに寝転がったままで、膝を曲げてお腹の前まで持ってきた。
下腹だ、下腹が、
痛えええ
あれだ、多分あれ。
スマホのアプリを確認する。予定日が明後日になっている生理。もう来たんだ。
数年に一度、立てないほど激痛が起こることがある。久々に来たんだ。
それにしても激烈痛い。痛いというのか、なんというのか、腹の皮膚の下に膜が張られてあって、それが引っ張られたり縮んだりしているような感覚だ。
お腹をこわしたときの腹痛とは種類が違う。
でもおかしい。右下が痛い。いや、へそもぎゅうううってしぼられるかのようだ。子宮につられているのか、腹全体が痛い。痛すぎる。腹に痛い膜が張ってあるみたい。
生理痛がひどい時といえばうずくまるほうが楽だった。横になるのも楽だった。そう思って態勢を変えようとしてみたがすぐにやめた。腹にこれ以上の刺激を与えられない。ヨガでいう赤ちゃんのポーズ(ガス抜きのポーズ)のままやり過ごそうとする。
右下だ。右の卵巣だ。右の卵巣が痛い。痛いったら痛い。
本当に生理痛だろうか。ふつう痛みには波があって、しばらく耐えると小康状態になるものなのに、そうしたら動こうと思うのに、波が引かない。
右手で膝を抱えたまま、左手でスマホで「右腹 痛い」と検索をかけた。虫垂炎という名前が目に入ってくる。
ようやく長い波がおさまった気がして立ち上がり、市販の鎮痛剤イブを取った。中身を引き抜くときに箱をとり落すが構っていられない。しゃがんで拾うなど余計な動作は一つでも行なっている場合じゃなかった。さっきまで飲んでいたコーラで2錠を流し込んだ。
そのまま一階に下りてトイレに入る。何がなんだかわからないが、生理痛のときならよくあるパターン、子宮の収縮に腸が刺激されて排便を催すというやつかもしれないと思った。
トイレに入ると生理は来ていなかった。とりあえず排便しとこうとしたが、絶対に息めない。痛い膜があって、息んだらさらにヤバくなると本能的にわかる。それでも排便できて、これでマシになるだろうと思った。
トイレから出て、這々の体でリビングの戸を開け、家人に腹が痛いことを告げた。どうもおかしい、と、言うてた
ら、
無理。無理、無理無理!
近くの洗面に飛びついた途端に吐いた。吐いた。吐いた。
ハアハアハアハアッ
一旦落ち着いたかに思たけど、また洗面に吐く。
すぐそこのトイレまで頑張れない。ノロも経験したが、あれは死ぬかと思った、でも吐くときトイレまで頑張れた。でもこれは無理だった。
吐くのがおさまってもそこでうずくまるしかできず、息がハアハアハアうるさい。
家人が電話している声が聞こえる。近くの病院にかけたようだが119にかけるように言われているようだ。
吐血ちがいます、キムチです
もうすぐ救急車が来ると家人に聞いたことで痛みが引いたのか力が湧いたのか、私は素早く動いた。
二階に駆け上がって自分の部屋に戻り、財布やら必需品やらを入れてあるいつもの手提げ鞄を持ち、その中に保険証と診察券の入ったケースを放り込んだらまた階段をおりた。
玄関でうずくまる。
意識ははっきりしている。動こうと思ったら動ける。
でもこれで自力で病院に行けと言われたら行けない。
そうしているうちに救急車のサイレンが近づいてきた。
……?
もう痛くなくなってきた気がする。
救急車がやって来た。
すみません、わざわざすみません。歩けます。大丈夫じゃないけど大丈夫です。
しっかりと受け答えできて、歩けますと言って靴を履いて、支えられながら庭先まで行く。
気分が悪い。
無理していると自覚した。大丈夫じゃない。
どうにかストレッチャーに乗るも仰向けになれとか足を伸ばせとか、やっぱり痛いんです辛いんです勘弁してください、と内心思いながら必死に言うことを聞く。ストレッチャーが動いたら一気に血の気が引いた。
うー、無理!
耐えていたものがこみ上げた。渡された袋に吐いて、また吐いた。ほとんど胃の中が空に近い。
落ち着いたらストレッチャーが動きだして、救急車に乗せられたんだと思う、振動で気持ち悪くなりまた吐くんだが、さっきまでは庭の暗がりでわからなかったこと、吐瀉物の色が真っ赤なことが明るみになったんだと思う。救急隊員の人が血が混じっているようだと言い出したのがわかった。
焦る。血の味なんて全然しなかった。誤解も誤解。
「キムチです! 夕方キムチ食べたんです」
と訴えた。
夕方18時ごろに食事をした。この日は野菜炒めふた口ほどでトマトふた切れ、キムチ盛り盛りだった。善玉菌を育てるのだと張り切って、ここのところキムチ盛り盛り、他は納豆、ヨーグルトという食事をしていたのだ。
紛らわしくてすみません。と言わざるをえない。
救急車が走っている。振動が気持ち悪いけどもう吐くものがないんだと思う。
走る前に聞かれたのか走っている最中に聞かれたのかは覚えていない。
いつ夕食をとって、いつから痛くなったのか。どんな痛みか。どこが痛いか。希望の病院はあるか。
「18時に夕食とって、痛くなったのは20時ごろ
(この時点では勘違いをしている。痛くなる前に『チコちゃんに叱られる』見終わったのを覚えているから、そのあとだから痛くなったのは20時と思っていた。でも、あとで確認したら「チコちゃん」の放送終了時間は21時前だ、そのあと電話してスマホいじっていたから痛みに襲われたのは22時前 が正解)、
生理予定日が二日後で、早いけど久々にものすごいひどい生理痛が来たと思ったんです、生理痛みたいに痛いんです、それもキョーレツな時のやつ。でも生理になってなかったんです。生理じゃないのにひどい生理痛です」
トイレいつしたか。
「さっき排便しましたが下痢はしてません。下痢の時の腹痛と違います」
どこが痛いか?
「腹です。どこってへその裏です。いや、腹全体です。右下が特に痛い悪いです」押すな、痛い。
「右の卵巣あたりです。でもやっぱりへそが痛いんです。腹が痛いっていうより腹の中に痛い膜が張ってあるんです。」どうでもいいですから助けてください。
わけわからんうちに景色が変わっていた。
血ちゃいます、キムチです!
救急病院に着いた。なんかもう覚えてない。寝台に移されて、痛い、気持ち悪い、救急隊の人と同じこと聞かれる。救急隊の人が吐瀉物を置いていったらしい、ここでも血だの、血ではないだのの話になってる。
「キムチです! それキムチです!」
ふざけた食事内容をまた言う羽目になってる。もういやや。
左手の親指を握りしめて、そうしている間に左腕に点滴を繋がれて、首や肩のサロンパスは剥がされてて、体に数カ所なんやセンサーを付けられてる。横のモニターで線が波打っている。ドラマでよく見るやつ、死んだら線が一直線になってピーって音がして、医者が「ご臨終です」っていうアレや。
順番はぐちゃぐちゃ。痛い言いながらハアハアハアハア息している。もう大丈夫ですよ、先生が来ますよって声をかけられてる。そうか、自分は恐慌状態みたいだ。落ち着かなきゃ。息を大きく吸って長く吐いてみて
「落ち着いて。落ち着いて」
って自分に言い聞かせる。
先生が来たら来たでまた腹を触られる。やめてください。痛いんです。膝は伸ばせません、無理です、怖いんです!
助けてー!
CT撮影をするも、モヤモヤな感じ
車椅子に乗って移動。
CT撮影。
撮影用の寝台に移動したときにまた気分が悪くなって一時休憩。落ち着いたら、ここでも足を伸ばす指令。
う〜、ガンバリマス。
部屋に戻って、先生が言うには、症状と写真から虫垂炎の疑いが強いってことだった。
虫垂が腫れているのは腫れているらしい。CT撮ったのに決定的でないっぽい。
私としては、写真を見るなり、
「コリャいかん! エライコッチャになってます! すぐ手術です!」
と、先生が言ってもおかしくないと想像していた。それくらい言ってくれないとなんでこんな目に合っているのか意味がわからなすぎる。
大したことないのに大騒ぎしてるの、私は。
アレ〜?
治療としては薬で散らす方法と、虫垂を切除する方法があると説明を受ける。
大した状態ではないなら切らなくていっかと思って、
薬もらって飲んどきゃ治るんだと思い、散らす方法を選ぼうとしたのは束の間のことだった。
薬で散らすにしても入院するんだと。しかも再発することもあるんだと。
手術一択! 切除する!
再発とか、意味わからんすぎ。二度目は要らん!
手術を明日、というか日付が変わっているから今日することが決まった。
上体を起こして手術方法の説明を聞いていたら血の気が引いてきて、気持ち悪くなった。
手術方法の絵なんて怖いよね、なんて看護師さんが声をかけてくれる。いや、そんなドギツイ絵ではないから、それにショックを受けたわけではないとは思う……。
吐いてもいいように病院のバケツというかポリ容器を握って休憩。説明の続きと同意書のサインは先生と付き添いの父によって進められていった。
私は人生で初めて入院した。
病室に入って時計を見ると午前2時を回っていた。痛み止めの点滴が効いたのか落ち着いた。
はなからパジャマのまま運び込まれてきたからそのまま就寝できた。そこだけはツイてる気がした。
虫垂があるのは右側です
左腰の怠さと、左下の歯が全部抜ける夢。
ああ、あれは虫垂炎の予兆だったんだ。
ていうのは、完全なこじつけです。
なんで左なのかって、なんの暗示でもありません。いつも不調を感じるのは私の場合は左なのです。首から上は右です。
そうはそうでも、体調がすこぶるよくないことの証ではあったのだと思います。でもなんで調子が悪いのかわかりませんし、体は問題なく動きますし、これくらいの不調は特別でもなんでもありません。
いちいち労わりません。現代人は忙しいのだ。
そりゃそうだ、関係ない。それとこれは別問題。
虫垂があるのは右だ!
突然痛み出してから、ずっと足で腹をかばい続けていた。右足で! 右腹を守ってた!
眠っていたら手術が終わっていた
5月12日土曜日
朝。
本日は食事なし。食欲がないため苦ではない。点滴が繋がっているので栄養は足りていると思う。
抗生物質の点滴が増やされる。
昨夜お世話になった先生や担当の先生や手術を補佐する先生やらが代わる代わる挨拶に来られる。みんな若い。
痛み止めのおかげかピークがすぎたのか、昨夜のような痛みはない。でも動けば痛いし、右の下腹を押されたら息が詰まる。
麻酔の先生が麻酔の説明に来られる。女の先生だ。全身麻酔だって。ふむふむ聞いて同意書にサイン。
看護師さんが手術のためにおへそをキレイにするってことで、おへその掃除をしてくれた。
おへその窪みにオリーブオイルを垂らして、時間を五分十分おいた。汚れを浮かすんだって。そのあと綿棒で汚れをとった。へそのゴマってやつ、とったのかな。キレイだったらしくてちょいちょい程度で終わった。
昼過ぎに車椅子で手術室に運ばれていく。車椅子で押されていると自分は病人であると思える。
手術台に移ったら本気で重病人の気分。
外科の先生たちはいない。麻酔の先生と看護師さんがついてる。
酸素マスクのようなマスクを口につけられた。それが麻酔らしい。深呼吸をしてくださいと言われてその通りにする。無味無臭で、こんなのでどうにかなるなんて思えなかった。でも四呼吸くらいめで、酔いが回ってきたような、酩酊感というの、視界が揺れ出して、あれれ効いてるよ、と、感動した。
「てけ緒さん、てけ緒さーん」
呼びかけに気づいて、ハッと目を開けた。
夢を見ていたのは覚えているのにどんな夢かは瞬間忘れた。寝てた! という驚きが大きかった。
先生は相変わらずいない。
が、
手術は終わったと言う。
痛みはあるかと聞かれたから意識すると、左腹が痛いと気づいたのでそう言った。三つの手術痕のうちの一つだった。
寝台に寝たまま運ばれている。ここはICUというのかな、寝ているだけだったので病院の構造はわからないんだが、近くで、
「お父さん、お父さん」
って、家族らしい人たちが必死で呼びかけている声が聞こえて来る。ああ、病院なんだと思った。
病室に戻ったら三時半くらいになっていたかな。予定で聞いていたより長かったみたい。
一時間くらいは起きていて、来てくれていた母と話をしていた。
手術中は眠っていただけであり、起こされた時には手術が終わっていたってこと。何をされたかもわからないし、もしかしたら手術していないかったとしてもわからない。
でも腹を見れば、おへそにガーゼを貼られていた。左腹にも。恐ろしいことに、だいぶ下腹 (ショーツのゴムよりも下の部分)も切られており、ここに透明なパウチを縫い付けられていて、透明だから、その中に赤い液体が少々溜まっているのが見える。これは、血?
母が手術中(手術後かな?)に説明を受けたらしい。
切除した虫垂を見せてもらって、こんな状態に腫れてたって教えてもらったんだって。でもまあただのシロウトなので元のサイズを知らないからピンと来てない。
しかも虫垂が裂けて腹に散っていたので洗浄する必要があったって。だから不要な体液を出すためにこんなパウチがついてる? 裂けてなければこれはなくてもいい工程だったのかな。知らんけど、手術の選択で間違いなかった。飛び散ってたんだから。
しかもしかも、
手術最中に、左に腫瘍発覚
虫垂より先に大きい腫瘍が発見されて、これが原因か? となっていたそうな。
左の卵巣だと。婦人科の先生を呼ぶ事態になったと。
結局のところ、虫垂は虫垂でひどいことになっており、卵巣切除の同意はとっていないこともあり、虫垂切除のみで終わったらしい。
なに、左ですか?
もう何それ。左って何よー。
私の体ガタガタかよ。
左って何よー。
そんなこと言ったらアレもコレもってこじつけが激しくなりますけどいいんですか。
夢で見たのは左下の歯! サロンパスを貼ったのは左の腰!
私に必死に訴えかけていたのは左だったんだよー!
一時間くらいは起きて話をしていたと思うが、途中でうとうとしてきて、気づいたら眠っていた。手術中も眠っていただけなのに、疲れたのか、ぐうぐう眠ったらしい。
入院中、人が来たことも気づかないくらい眠ったのはこの時だけだ。
手術後の夜、眠れない
夜。
夕方にずっと眠っていたのも悪いのか、消灯されてから眠れない。
腹が痛い。発症した時の痛みとは違って、あれよりは全然大丈夫だ。少なくとも、この程度では救急車は呼ばない。無理をしたいなら仕事もできるかもしれない。
それでも痛いものは痛い。痛いというか、ちかーちかーって点滅している感覚。
二時間おきくらいにスマホの時計を確認しては朝が遠いことに気落ちする。
ちょうど二時間おきくらいに看護師さんが点滴を替えたり何なりで確認に来る。
結構な頻度で周りの病室の機器が音を鳴らしている。点滴が終わりそうな時のけたたましい音。タン、タララララーらっら、というメロディーは、なんていう曲か思い出せないけど、(バッハのメヌエットだ!)ナースコールだ。それからラファー、ラファーと繰り返される音を頻繁にきくが、何かわからない。
とにかく、病院の夜は昼より寂しいが静かにはならない。
手術翌日
トイレに行きたいが、体を起こすのに一苦労。
体を起こすという動作一つに腹筋様は今まで大変な尽力をされていたことを思い知る。
頑張ってるよ! とアピールをすることなく、何も言わず、そこに在って、
ただただ、力を貸してくれていたんだ。
二人部屋なので隣のベッドに人がいるからうめき声は出せないが、一人なら、上体の上げ下げのたびに「う〜」と言うと思う。
何気ない動作が何気なくできない。動きたくないが、すんごい長い間トイレをしていなかったことを思うと、この尿意はこれ以上無視できない。
点滴を吊るしたスタンドを左で持って、一緒に連れてトイレに行く。
点滴スタンドを連れて病院の廊下を歩くと、本気で病人になった気がする。
病院に外来で来た時にすれ違う、車椅子の人や点滴を連れて歩くパジャマの人を、病人だと、自分とは違うと区別していた。その人たちは、ちょっとやそっと怠いだけの人ではない。正真正銘の「病人」。
今の自分がまさに自分が思っていた「病人」そのもの。内心、感動。非日常のときめき。
しかし体調は悪い。
ベッドに戻って横になっていると、先生が代わる代わる様子を見にくる。
寝てばかりだとお腹の余分な液が背中側に溜まって排出されないから、できるだけ体を起こしておくように言われる。下腹に縫い付けられたパウチに入っている血のことだな。
殺生な。起きろとな。
ベッドのリクライニング機能に頼って上体を起こす。あー、血の気が引く。
さっきトイレに行く前に起きた時も同じようになって、しばらくじっと耐えた。サーっと頭の血の気が引いて、カアッと体が熱くなる。汗がでる。息が浅くなる。
後に来た母が、顔を見るなり青いよと言ったくらいだから、
体調はとにかく悪い。
のに、今日は朝からいきなり普通食だよ。おかゆから慣らすとかじゃないのね。
朝からモリモリだわ(と、この時は感じた)。
動いていないのに腹が減っているわけなく、食欲はわかない。
ちょっとずつ箸をつけただけでごちそうさました。
来る先生、看護師さんに、朝食は食べられたかと聞かれたんだが、
「すこし食べました」
と答えながら、
いやいや、食べられるわけねーでしょ
と思って、おかしなことを聞く、食べられる人おるんかい、と思ってた。
それから全員にガスは出たかと聞かれた。ふふ、これお笑いのコントで見たことあるやつだよ。本当に聞かれるんだな、と、ちょっとまた感動した。
体験真っ最中の身には、「たかが虫垂炎」ではない
術後1日目は退院できる気がしなかったが、その翌日から、モリモリすぎると思えた食事をペロリと平らげ、食器を自分で下げられるまでになりました。
そのまた翌日には退院しました。スーパーで知人に出くわしましたが、自分から実は今日退院したんだけどーと喋らない限り気づかれることないくらい平常の自分に戻っていました。
たかが虫垂炎。
すぐに退院できる。
大したことない。
それはその通り。でも、何と比べてる?
本当にタイムリーな虫垂炎だった。
虫垂炎になる一週間前、ゴールデンウィークに友人と会って、こんな話をしていた。
友人の、友人の彼氏の話。
その彼氏くんが虫垂炎になって、入院したんだって。
で、手術の日、彼女さんは仕事終わってからお見舞いに行ったんだって。
そしたら、彼氏くんになじられたと。
「彼氏が手術するんだから、仕事休んで付き添うべきだろ」と。
彼氏くんの同僚も、彼女さんは薄情だと、彼氏さんに同情したらしい。
彼女さんはあっけにとられたが、自分が薄情なのかとヘコみ、友人に「どう思う?」と相談したと。
その話を聞いた一同(全員女)、
「ハア〜?」
ですよ。
その彼氏にね!
アホかと。たかが虫垂炎だ。命がどうかなるわけでなし。簡単な手術。珍しい症例でもなんでもない。よくあるやつでしょ。誰でもなるような、風邪を拗らせたみたいな程度でしょ。それで会社を休むとか、ハア? ですよ。
仕事帰りにヘトヘトでもお見舞いに行った。そこに情がないわけはない。
親や子供なら付き添うのはわかりますよ。
ダンナならわかりますよ。結婚という契約をされてる関係なら理解しますよ。
婚約者でもいいですよ。
でも想像してみてよ。上司に「彼氏が手術で〜」とか言って休む女、「彼氏が」とか言ってる時点でイタタタ……、その手術っていうのも虫垂炎? 想像の中ではだいぶバカそうな女になってる。
虫垂炎って!
アホかと。
駆けつけるべきとこじゃない。病名聞いて気が抜ける。
そういうセリフは明日にでも死ぬかもしれないヤツが言うてくれ。
私たちは日々懸命に戦ってる女なの!
わからないなら、ゆるふわお花畑女と付き合っとれ。
と、見ず知らずの彼氏くんをボコボコに言いたい放題しましたとさ。
ごめんなさい。
言い過ぎました、ごめんなさい。
一週間後、私は下腹の痛みにうめくことになったのです。
たかが虫垂炎というなかれ。
痛いのです。つらいのです。
すぐによくなるから、苦しいときは労ってあげてください。